「ブラックホールを見つけた男」A.I.ミラー、阪本芳久訳(草思社)

 1983年にノーベル物理学賞を受賞したチャンドラセカールの評伝。白色矮星の質量限界を示した彼の業績に対して、本題が適切かどうかについては疑問も湧くであろうが、原題がThe empire of the stars: friendship, obsession and betrayal in the quest for black holesということで妥当な訳である。彼が若かりし頃提出した質量限界の理論を大御所であるエディントンが受け容れなかったのは有名な話であるが、それがここまでひどく彼を傷つけたという事について触れた本は評者の知る限り他にない。チャンドラの理論自体は学部レベルのものであり超相対論的な理想気体の状態方程式を認めれば疑う余地はない。しかし高密度系で理想気体として扱ってよいか、超相対論的な扱いが現実的なのかについてに議論を呼んだのであろう。また、ブラックホールの父と呼ばれるシュバルツシュルトアインシュタイン方程式の解の原点付近の特異性についてもアインシュタインが受容しなかったように、人はとめどなく崩壊していく現実を受け容れ難い。実はチャンドラが来日した折に夫人と共に我が家を訪れた。また修士の折から彼の論文や著作にお世話になっている。その身近な偉人の憂いを帯びた生涯を知る好著。