釜山

 川崎先生80歳の誕生日を祝った会議。行きは台風の余波で飛行機がジェットコースターのように急降下したりした。そのせいかすっかり酔った。何とか着陸してやれやれと思ったが本調子には程遠く、バスに乗ったらまた戻しそうになった。

 会場は、釜山の東にある海雲台というリゾート地。会場のホテルは16階建てで部屋はビーチを見下ろす8階。ホテルはこの程度の高さだが、より高いマンションが林立し、更に建設中の高いマンション・ホテルが多数あり、印象的であった。
 会議は日韓両国から25名程の参加があったこじんまりしたものであり、前後の移動日と朝から晩までのフルの3日間の講演会プログラムであった。一日目はジャミング関係の講演が多く、2,3日目はガラス転移関係の講演が多かった。講演の質は高く、議論も盛んに行われて、いろいろ刺激的でかつ勉強になった。僕自身は、量子系を視野に入れたかなりフォーマルな講演だをしたので一部の人以外には興味を惹かなかったかもしれない。それでも講演中に頂いた沢山のコメントは参考になった。全体に僕自身が最近の急速に変わりつつあるガラス転移の研究論文について勉強不足であることを再認識した。

 会議の後、前日のレセプションを含めて毎日、ほぼ全員が参加して豪華なディナーを振る舞われた。また講演2日目の夜には、夕食後ビーチを歩き、近くの地続きになった島をぐるりと一回りする2時間の散歩を楽しんだ。また講演会終了の打ち上げの後、深夜の24時間営業のスーパーで韓国土産を買ったのも珍しい経験であった。

 実は、会議中に内職を進めようとしたのだが、フランスからのメールでそれがひっくり返った。2005年にフランスに行き、2008年にはco-chairmanとして企画に参加した日仏セミナーの申請をするが日本はどうなっているというメールが届いたのである。日本側の責任者は明確には決まっていなかったが、08年にco-chairmanをやった関係で取りまとめはやらざるを得ないかと漠然に思っていた。しかし春先こそ気にかけていてある人に「どうする」と聞いた際に、その方があまり積極的でもなかったのでまあいいかと思い放置し、そのうち忘れてしまったのはまずかった。急ぎ調べると学内申請が終わった後であり途方にくれた。フランスとの協議の結果、こちらは原則として手弁当で向こうに行くことにして来年の暮れあたりに2008年同様別の会議の前の週にやる方針になった。急遽、日本側の暫定参加者リストをまとめたりした。他にも日本から本日締め切りの書類を出せと言うメールが複数飛び交い、落ち着いて研究に没頭できなかったというところである。