田崎日記

にも紹介されていたので、デーモンになっていると噂されているナノクラスターの衝突問題をもう少し説明しよう。シミュレーションで行ったことは

  • 原子数700程度でfcc構造をもったクラスターを2つ作る。
  • 原子間ポテンシャルにはLennard Jonesを用い、パラメータとしてはアルゴンのものを用いた(荷電効果を省くため)。勿論散逸はない。Verletを用いている。
  • 初期にガウス分布で速度を与えて、温度一定のまま平衡状態に緩和させる。(そのままシミュレーションを行うとポテンシャルと運動エネルギーのやりとりがあり、温度は一定とはならないし、平衡にも緩和しない)。
  • その2つのクラスターを正面衝突させる。現時点では重心運動には熱揺動は入れていない。
  • 但し異なったクラスターに属する原子間には斥力のみある。
これだけである。田崎さんが書いたそっと置くというのはメールでそういう状況なら離れるのは自明ということを表現しただけで、実際にそういうことはやっていない。5年ほど前から認識しているのは重心速度も熱揺らぎの影響を受けるべきだというものである。現時点ではそれはまだ入れていないが、シミュレーションでは重心の熱速度よりやや大きい速度以上でぶつけている。勿論、互いに接触しているときは熱揺らぎの効果は大だが、斥力しかないためにより反発を大きくする方に働くのではないかと思う。

もう一つ問題は異なったクラスターに属する原子間の引力を無視したのは非現実的ではないかということである。原子間力を全て共通にすると、異常反発が起きるような場合の多くは互いにくっついてしまう。このスケールだと原子間ポテンシャルのモデル選択に結果は敏感に依存する。

更にそもそも正面衝突を設定できるかということがある。当然と言えば当然なのは量子力学不確定性原理のかわりに熱による不確定性がある。従って任意の精度で位置は決められない。

また初期条件としてカノニカルな熱平衡状態を仮定したが、それを実際に実現するのは不可能であろう。実際、700粒子程度をほぼ結晶状に固定して振動させても、いつまでも固有振動状態が別々に得られるだけであり、混合性はゼロである。

これらのことから実際に実験できるかというと極めて疑わしい。しかし混合性が殆どないことを逆用すれば固有振動数に合わせてレーザーを当てることである振動モードを選択的に励起することは可能である。(特に大きな振幅の低エネルギー励起であれば、エネルギーギャップが大きく安定である)。従って、膨張、収縮の振動モードがある状態でクラスターをぶつければ反発係数が1を越す確率はかなり高いであろうことも事実である。これは2体同士の初等力学の衝突問題を考えれば分かることである。